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         五輪と政治

 8月に中国で初めて行われる北京五輪まで100日を切り、4月2日にカザフスタンを出発した聖火リレーも中国領内に入り、今日は香港でのリレーが行われる。先週長野市内で行われたリレーも手厚い警備陣に囲まれてのもので、とても市民ぐるみで五輪成功の機運を盛り上げるには程遠い状況であった。
 「平和の祭典」を謳う五輪であるが、「チベットに自由を」「中国は一つ」の声が交錯する中、聖火は北京へ何を運ぶのだろうか。過去の五輪も、国家や民族、体制や宗教を超えた出会いと交流が繰り広げられる一方で、政治とは無関係ではいられなかった。為政者の権勢を誇示し、国威発揚の機会に利用されてきた。今回の開催国である中国だけが特別なのではない。ましてや領土や民族問題など複雑な国内事情を抱える中国である。
 私は日中友好の進展と北京五輪の成功を強く願う立場だが、同時に人権と民主主義が脅かされる事態にも無関心ではいられない。ましてや、非暴力・無抵抗の僧侶や市民たちが多数拘束するようなことは許されないことである。チベット自治に関する問題は双方が対話による解決を目指すべきである。
 来週には中国の国家元首としては10年ぶりに胡錦濤主席が来日する。福田首相は何を語るのであろうか。多くの国内問題と同様に他人事で済ませたり、お得意の先送りでは世界に通用しない。
                                5月2日



      映画「靖国」問題に想う
 −私はあなたの書いたものは嫌いだが、
    私の命を与えてもあなたが書き続けられるようにしたい−                             (ヴォルテール)

 今月12日から封切りが予定されていたドキュメンタリー映画「靖国」について東京・大阪の映画館5館が相次いで上映中止を決めた。
 この作品は、日本在住の中国人監督が10年にわたって見つめた靖国神社境内の現実を映し出したもので、李纓監督によれば「イデオロギー的見方を打ち消すためにナレーションを一切排除する手法で仕上げた」という。この映画を「週刊新潮」が「反日映画」として報じ、自民党衆議院議員が文科省所管の独立行政法人から750万円の助成金を受けていたことを問題視し、上映を予定していた映画館周辺で右翼の街宣活動が行われたことから中止の動きが広がったものだ。
 民主主義社会は、言論・表現の自由が保障されてこそ成り立つ。それは、多様な意見の表明が認められねばならないということだ。映画館の上映中止の理由は「右翼団体の街宣車によって近隣施設に迷惑がかかる」というものだが、これは日教組の教研集会の会場予約を取り消したプリンスホテルの説明と同じものだ。これは、表現の自由の制約から、やがては表現すること自体の自粛につながる恐ろしいものだ。
 新聞各紙も社説などで今回の事態を懸念しているが、いっそ新聞社系のホールを一斉に提供してこの作品を公開してはどうだろうか。
 作家の保坂正康氏は、「言論の自由は新聞記者や作家が書く自由のみでなく新聞を運ぶ運転手さんや本を販売する書店員さんを含めて社会全体に自由が確立されていなければならない」と述べているが、反対意見に対する寛容さが薄れているのが今の日本社会だ。この映画を見たい人は声を上げよう。
                                 4月8日


    
       道路財源をめぐって

 予算議会が終わった。年度末の最終本会議では、国会混迷の余波を受けて、いわゆる日切れ法案(区税条例改正)が提案できない異例の事態となった。
 いまだ与野党合意が成立しない道路特定財源は、暫定税率の期限切れで値下げに踏み切るガソリンスタンドも相次いでいる。
今回の問題は、「地方のことは地方で決める」という分権改革の理念をどう進めるのかが問われているのだ。権限・財源を地方に回せと主張するのが首長の役割の筈だが、国の圧力を受けて特定財源の存続・暫定税率の維持を主張した首長がほとんどであった。特別区区長会もそうだ。
 議会初日の代表質問では、この点に関して区長の見解を質した。他の質問者は誰一人触れなかったが、渋谷区長がどう答えたのかを原文のまま紹介したい。
 「道路特定財源の暫定税率を盛り込みました租税特別措置法は2008年度の予算案とともに、衆議院を通過して現在参議院に送付されているとこでございます。この衆議院の審議の中で既に道路建設中期計画に基づくこの59兆円の根拠が必ずしも明確でないと言うことが浮き彫りになってきているわけでございますし、この特定財源の仕組みが利権の温床となるおそれもあるということについては既に明らかになってきていることであろうと思いますし、そのことについては参議院におきましてそのことの是正を期待しているところでもあるわけでございます」
加えて税収が減っては困るとも述べているが、新聞社のアンケートに渋谷区は「暫定税率が切れても特定の事業への影響はない」と答えている。
そうであるならば、改革を求める立場に立つべきである。
                                4月2日


        
        食はいのち(2)

 農薬中毒事件で問題となった中国・天洋食品で作られた商品が「冷凍手づくりギョウザ」という名前なのは笑えぬ話だが、事件の余波でスーパーではギョウザの材料の売り上げが急増している。安全、安心できる食材を求めるなら、皮の原材料やひき肉、ニラ、キャベツ、にんにくなどの原産地や農薬使用の有無などにも関心を広げたいものだ。行政や業者にはその情報を開示する責務があるし、消費者自身にもそれを求めていく責任がある。混入事件の真相はいまだ解明されず、週刊誌などでは日中友好に反対する勢力の関与や食品業界再編の動きを妨害しようとする「テロ」を疑う記事も出始めている。
 有機農産物のシェアは、全体の0.5%と言われている。「手に入りにくい」とか「高い」のが理由と思われているが、そうさせられている実態には目を向けられていない。産直で一個250円のかぼちゃが青山の大手スーパーでは全く同じものであるにもかかわらず1500円で売られていたことがあった。
 食べ物に関する問題は、「仕方がない」で済ませられるものではない。安さと安全性も、両立し得ない話ではないはずだ。便利さを求めて開発された科学による人間への逆襲と言える。生協や学校給食、外食産業、そして家庭。中国産や天洋食品だけを排除すればよいのではなく、いのちと健康、自然と生活をどう結びつけて考えるべきかという問題ではないか。
                                 2月13日



        食はいのち(1)

 中国製冷凍ギョーザに混入していた有機リン系殺虫剤メタミドホスによる健康被害が拡大している。業者による商品の回収は当然のことだが、「すべての中国製食品の輸入禁止を」などといった極端な声まで噴出する騒ぎとなっている。
 日本の自給率は既に40%をきる有様。中国産をいれなくしたところで、アメリカ産やタイ産などは完璧に安全なのか。スーパーの鮮魚売り場には『アフリカ産たこ』などという商品が並んでいる。ちなみに「アフリカ」という名の国はない。
 原産地表示の厳格化も含めて、どこで作られ、どういう経路で私たち消費者の手に渡ったのかが、正確に開示される仕組みがまず必要だ。輸入食品、冷凍食品等加工食品にここまで依存するようになった農業・食料政策の見直しも急務だ。
 驚いたのは体の異常を訴える事例が昨年から出ていたにもかかわらず公表までに1ヶ月もかかったということ。検査を依頼された保健所がそれを断ったり、都から各区への指示がFAXで行われ、それも肝心な部分の送信漏れがあったこと。厚生労働省への食中毒の報告義務が50件以上発生しなければないということ。食と命は直結しているにもかかわらず、行政の仕組みはそうなっていないということが白日のもとにさらされたのである。
 センター方式と呼ばれる共同調理スタイルを導入している13府県では、学校給食にも問題の冷凍食品を日常的に使用していたことが明らかになった。「効率化」「安上がり」の論理は食育の重要性と両立するとはとても思えない。
                                 2月3日

        ガソリンと道路

 国会論戦がスタートした。「ガソリン国会」なる呼称もつけられているが、税の取り方や配分にかかわる議論をきちんと進めてもらいたいものだ。暫定税率の延長をめぐる攻防が最大の焦点であるが、道路特定財源は1954年(昭和29年)にインフラ整備の税源確保のため、暫定税率による上乗せは1974年(昭和49年)オイルショックの際にガソリン消費量の抑制のために導入されたもので、「暫定」というものをいつまでも根本的な議論なしに延長するというのはやはりおかしい。民主党の暫定税率撤廃方針には、自治体からの「地方に道路は作れなくなる」との心配の声も寄せられている。わが渋谷区も、試算では3億円の減収になると見込まれている。しかし、今後10年で全国で59兆円もの道路整備が果たして本当に必要なのか。税の配分、政策の優先順位を決めるのが政治である。道路建設は国の事業であっても自治体の地元負担が強いられるものも多い。この点が忘れられた議論が先行している。分権時代には、必要な道路は自治体が住民とともに、独自の判断と責任によって作っていく仕組みに変えていくべきだ。
                           1月28日




       成人式に寄せて

 きょうは成人の日。渋谷区内で成人式を迎えた(昭和62年4月2日〜昭和63年4月1日の出生者)のは1608人。私が大人の仲間入りをした昭和60年の5336人の約3割である。渋谷区も少子化が著しく進み、ある新年会で同席した母校・代々木中学同窓会役員の話では、、20年度の新1年生は50人を下回る可能性があるという。これも私の時には400人近くいたから、いろんな要因はあるにせよ、時代の移り変わりというものは激しい。
 いまの社会は、若者たちにとって、決して生きやすい社会ではない。モノや情報があふれる一方で、心が満たされることは少ない。世の不正や不条理に怒る若者はいなくなったが、「キレる」若者は増えた。格差社会と言われるなかで、「努力すれば報われる」ということが実感できにくい時代であるが、何かをすぐに投げ出してしまう、すぐにあきらめてしまう若者が増えているようにも思う。こうした傾向を、すぐに「戦後教育の弊害」や「道徳教育の軽視」のせいにする論調がはびこっているが、私はそうは思わない。インターネット、携帯メールが特に若者たちの情報伝達のツールとして主流を占めるようになって、肉声によるやりとりが少なくなってしまったことの方が、むしろ要因としては大きいのではないだろうか。
 どんな時代にも、人間が生きる社会では他者との関わりを抜きにした生活は考えられないのだから、せっかく持って生まれた五感を使っての人間的なコミュニケーションをもっと大切にしよう。
 思想家・梅原 猛氏は、本来の意味での新しい道徳の尊重を呼びかけているが、そのなかで「モノを盗んではいけない」「ウソをついてはいけない」「他人を傷つけてはいけない」の三点を尊重することを提唱している(梅原 猛の授業、道徳 朝日新聞社)。
 若い世代に限った話ではないだろうが、若い世代から三点の当たり前の規範を広げていくことを通して、この日本を変えていければと思う。
                          1月14日



    政策論議をリードできる議会へ

 お健やかに新年をお迎えのことと存じます。
 年金問題での公約違反を問われても「大げさな話ではない」と他人事のように開き直り、薬害C型肝炎被害者の命懸けの叫びに自らの支持率が急落して初めて重い腰を上げる首相の下で、我が国の政治の無責任体質は目に余るものがあります。
 政権選択が問われる本年、民主党はこうした政治のあり方そのものを正し、一人ひとりの幸せと未来に責任を果たす政党として歩まなければなりません。
 渋谷区政では、本町地区への小中一貫校の開設など、総額400億円を超える施設整備計画が区長から示され、議会審議を経ることなく既成事実のように進められようとしています。
 必要性や緊急度、優先順位などについてその一つひとつを検証するのは議会の責任です。税金の使途をチェックするとともに有効で公平な予算配分のあり方について政策論議をリードできる議会への改革を求めて、今年も果敢に挑んでまいります。
                            2008年1月4日





       優先されるべき政策


 薬害C型肝炎訴訟の和解をめぐる問題で、内閣支持率の急落を背景に福田首相はようやく重い腰を上げた。「行政が司法の判断を超えることはできない」とかたくなに役所の論理にこだわり、問題をここまでこじらせた厚労省とそれに引きずられた福田首相、舛添大臣の責任は極めて重い。官僚に問題を気づかせるという政治の大切な役割を置き去りにしてきたからである。
 あきらめずに生命賭けで生命の重みを守ろうとした原告たちの叫びを私たちはしっかりと受け止めたい。原因の究明と責任の所在、再発の防止を明確にした議員立法を一日も早く成し遂げたい。 
 国が認めた薬によって健康を害し、生命の危険にさらされている被害者を救うことは、けっして”バラマキ”などではない。一人一人の人間を大切にする政治こそが国民の最たる願いである。
 
                         12月25日



  「寝耳に水」の小中一貫校計画

 桑原区長が11月21日の区議会全員協議会で「渋谷の未来に向けて」と題した4ヵ年計画を打ち出した。「コミュニティの活性化」「教育の充実」「子育て環境の整備」「長寿社会を楽しむ施設・体制の整備」「旧大和田小跡地施設設備」を柱とする施設整備の計画で、建設費などの統計は405億円にのぼる。図書館、保育園の整備など我々も主張してきた内容も含まれてはいるが、驚いたのが本町小・本町東・本町中の3校を統合し(決して統合という言葉は出てこないが)、小中一貫校をつくるという計画だ。プレス発表、区ニュース、HPの掲載も行われたため、「議会でもう決まったのか」という問い合わせが多数寄せられた。議会ではこの間、小中一貫校に関する議論は全く行われていない。今回の計画は、議会としても「寝耳に水」の話である。
 子どもたちの学力低下や、いじめ、不登校の問題などを解決するため、教育改革の具体化への関心は強い。計画には「小中一貫教育校は、基礎基本の確立を目指す小学校教育と、基礎基本の確立を基に自ら考え、それぞれの個性を伸ばすことを目指す中学校教育とを一貫して行い、義務教育9年間を見通した連続性のある教育環境を実現することにより、移行期における深題解消に効果が期待できる学校である」とある。渋谷区では小中一貫教育について、こどもたちにどのような効果や問題があるかを全く研究・検討していないなかで「効果が期待できる」とするのは余りにも早計だ。
 学校は子どもたちのものであり、地域コミュニティの拠点であり、区民全体の貴重な財産でもある。今日の計画では、19年度=関係者協議、20年度=基本設計、実施設計、21年度=着工、24年度=開設予定とある。しかし、ハード面の整備を優先させたこのスケジュールは凍結し、まずは子どもたちの未来を左右しかねない小中一貫教育のメリット・デメリットの議論をしっかりと行うべきである。

                          12月10日





   戦争被害は昔のことではない

 突然の首相交代で空転していた国会論戦が再開された。与党はテロ特措法について給油活動だけに絞った新法の提出を固めたが、そもそもこの給油自体が実は問題なのだ。「テロとの戦い」を支援するためという理由付けが、実は給油した燃料のかなりの部分が、米軍のイラク空爆作戦に使用されていることが明らかになっている。これは明白な戦争支援。日本がとってはならない道である。
 戦後の平和主義は、日本が一人も戦死者を出さないという道でもあった。しかし、日本国民の血税を注ぎ込んだ油でイラクの子どもたちが危険にさらされているということだ。
 ベトちゃんドクちゃん、ベトナム戦争の枯葉剤の被害を受けたお兄さんが5日亡くなった。枯れ葉剤の害は過去のことではなくていまもベトちゃんドクちゃんのような姿で産まれてくる子どもたちは多い。戦争の惨劇は、遠い昔のことなのではなくて、未来にまで及ぶものである。ヒロシマ・ナガサキの被爆者たちも、原爆症の認定を求めて、いまも裁判まで起こして争っている人たちがいる。日本政府は、被爆者に訴えられた相手ということになる。控訴撤回が実現すれば、前首相が道筋をつけた唯一の成果ということになるのだが。
                             10月8日


      虚しく響く「義務と責任」

 臨時国会が始まり、衆院で代表質問が行われようとする矢先に、安倍首相が辞任した。
 参院選で大敗しても政権の座に居座り、内閣改造・自民党三役人事を行い、国会で所信表明まで行った直後である。
 安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を掲げ、新憲法の制定や教育再生に力を入れ、国民投票法の成立、教育基本法の改正を実現した。「権利ばかりで義務と責任の規定が不十分だ」という理由からだった。
 国民に対して「義務と責任」をさかんに強調していた人が、自らの出処進退についてはこの始末。国政の最高責任者として決断のタイミングは最悪であり、無責任極まりない。
 テロ特措法の延長はいつの間にか「国際公約」とされ、今国会の最大の焦点とされたが、だとすれば国会の場で堂々と「延長」か「廃案」かを論ずるべきではないか。所信・政策を国民の前で闘わせる、それが政治家の基本的な義務と責任だ。
                             
                             9月13日


 
  
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